ガツンとくるやつ、ください。

新作・旧作・ジャンル問わず。海外映画が好き。作品により多少のネタバレ含みます。

父、帰る / 息子よ、俺の屍を越えて行け

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アンドレイとイワンの兄弟は母と祖母との4人暮らし。慎ましくも平穏なその家に、12年前に出て行ったきり音信不通だった父が突然帰ってきた。昔の写真でしか顔を知らない父はこれまでのことを何も語らず、母もまた事情を説明しようとはしない。

翌朝、父は戸惑う兄弟を半ば強引に小旅行に連れ出す。道中何かにつけ高圧的で理不尽な接し方をする父に対し、弟のイワンは徐々に反抗心を募らせていく。



この映画、お父ちゃんの登場シーンがまるで絵画の「死せるキリスト」みたいでびっくりします。

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マンテーニャ 「死せるキリスト」


f:id:madamkakikaki:20200819220736j:plain そっくり!!


また、お話が日曜日から土曜日までの章立てになっていることや 随所に象徴的な表現が見られることから、キリスト教に依拠した作品であることは間違いないと思います。

本作にはこうした “父親=キリスト” という宗教的シンボルがちょいちょい見られるので、キリスト教に馴染みのない日本人にとってはそれだけで難しそうな気がするんだけどそうでもなくて、観終わってみれば実にシンプルでなおかつ普遍的なお話なんですよね。


ズバリ言うと「親殺し」つまり「ヤワな兄弟が大人の男になるための通過儀礼」 です。

この言葉はギリシャ神話の『オイディプス王』に由来するもので、子が自分の強い意志で親の庇護や支配から自立することを例えて「精神的な親殺し」と言うんですね。


この兄弟は母と祖母、つまり母性でもって守られています。だからと言っては語弊があるかもしれないけれど、二人には男らしい度胸とか根性とか逞(たくま)しさとかが欠けている。

※こんなことを言うとすぐ「〜らしさ」に過剰反応して言葉狩りしてくる輩がいるんだけど そういうのやめようぜ。あくまで映画の話してるんだから。


で、息子たちが自立して強く生きていくにはこのままじゃいかん、二人を鍛える人が必要だということでお父ちゃん登場となるわけです。
なんで小旅行に行くんだと息子に聞かれて「ママの提案だ」と答えているのをみると、おそらく母親の強い思いがお父ちゃんを呼び戻したのでしょう。

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で、観ている途中、はたと気付きました。この映画、『いま、会いにゆきます』 (2004年 竹内結子,中村獅童)に似てるんです。
家族愛にファンタジー要素を上手く絡めた素晴らしい映画ですね。2018年には韓国でリメイクもされています。(ソ・ジソブ,ソン・イェジン)

韓国リメイク版の感想はこちら↓↓↓ berukocinema.info



何が言いたいかというと、ストーリー展開こそ違えど『父、帰る』 もある意味ファンタジーだということです。
たぶんお父ちゃんは12年前に不慮の事故か何かで亡くなっていて、まだ幼かった兄弟はそのことを聞かされずに育ってきたんですね。

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じゃあ突然帰ってきたお父ちゃんは何者か。幽霊か、幻覚か。違います。一番しっくりくる言葉は「化身」でしょう。
『いま、会いにゆきます』のお母さんが「愛の化身」であるのに対し 本作のお父ちゃんは「父性の化身」 として姿を現したのだと思います。


一部の評論家のようにキリスト教を意識して父性を神と見なし 信仰云々まで解釈を広げることも出来なくはないけれど、メタファーばかりを気にして深読みしすぎるのもどうかと思うし「この暴君的な父親は旧ソ連を暗喩しているのだっ!」と歴史の話にすり替える強引さに至ってはもう読む気もおきませんよね。

なんせ監督自身が “ロシア人に特定の時代を連想させない” ことを意識したと言っているし、この人は元々CM監督なのでむしろ万人向けを意識するんじゃないかなあと思うのですよ。


この映画のスタッフは少数だったので、私やカメラマンは衣装担当者などと協力して、時代を示す要素を極力排除するという意味での時代考証をやりました。
社会の変動が見えれば、ロシア人には時代がすぐにわかってしまうので、自動車の車種やナンバープレート、公衆電話、洋服、食器やスプーンに至るまで、できる限り時代がわからないようにしたのです。だから、70年代といっても、80年代といっても、2004年といっても、通用するはずです 。

アンドレイ・ズビャギンツェフ・インタビュー│crisscross


なので、わたしはあくまでも「父と子」の物語として素直に受け止めたい。そう思います。



小旅行といっても、道中何かと命令されるし文句を言えば置いていかれるし、特にイワンにとっては苦痛極まりないサバイバルの旅です。

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一方 アンドレイはお父ちゃんの逞しさがちょっとカッコよく思えるらしく、怒られても上手く取り入りつつ必死でついて行く。
性格や年齢差もあるでしょうが、全体を通して兄弟の違いがよく出ているのが面白いですね。てか演技が天才的に上手いんだよな、この二人。


お父ちゃんのキャラクターがむっつり寡黙で上から目線の横暴な男であるというのは、息子たちがこれからイヤでも出ていかねばならない大人社会の厳しさや非情さ、理不尽さをそのまま表しているようです。

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このムカつくお父ちゃんを殺すくらいの気概と反骨心で困難を乗り越えたとき、ぬくぬくと母の愛だけに守られてきた兄弟は肉体的にも精神的にも強くなるわけですね。
それは終盤でお兄ちゃんが見せた行動によく現れていました。頼もしかったね。


「父性の化身」であるお父ちゃんは死ぬことでその役目を終え、週の最後の日(土曜日)に埋葬されます。(ボートごと湖に沈む)
そしてこれが冒頭のシーンと繋がって「おおおーっ!」と思わず立ち上がり、何ともいえない感慨に包まれるというね、もうこれはドラマ性といい伏線回収といい、見事と言うしかありません。

ほかにも書きたいことが幾つもあるのですが、ネタバレ解説みたいになるといけないのでこのへんで。
子を持つ親としては特に多くの人に観てもらいたい秀作です。映像もとっても美しいですよ。


f:id:madamkakikaki:20200819220929j:plain 本当の兄弟みたいで可愛い二人


最後に、お兄ちゃんのアンドレイを演じたウラジーミル・ガーリン君ですが、映画の完成後、撮影場所の湖に遊びに行っていて事故で亡くなったそうです。
台詞をよく忘れてアドリブが多かったが、何テイク撮ってもどれも良くて困ったというエピソードを聞き、生きていればどれほど素晴らしい役者になっていただろうかと残念でなりません。



作品情報
▶原題 Возвращение
▶監督 アンドレイ・ズビャギンツェフ
▶脚本 ウラジーミル・モイセエンコ, アレクサンドル・ノヴォトツキー
▶製作年 2003年
▶製作国 ロシア
▶出演 イワン・ドブロヌラヴォフ, ウラジーミル・ガーリン, コンスタンチン・ラヴロネンコ