ガツンとくるやつ、ください。

新作・旧作・ジャンル問わず。海外映画が好き。作品により多少のネタバレ含みます。

悪童日記 / 児童文学だと思って観たら大変なことになるよ!

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悪童日記 / A nagy füzet


第二次世界大戦末期の〈どこかの〉国。〈どこかの〉町から〈どこかの〉村に疎開してきた双子の少年のお話。

彼らはノートに日記を書きます。見たものを見たままに、ありのままに書き留める。それは彼らの成長の証であり、戦時下の混乱を生き抜くため我が身に課した自立の記録でもありました。


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映画を観終わってふと気付きました。
主人公の双子の少年、最後まで名前がわからないんです。それどころか他の登場人物も国の名前も町の名前もなんにもわからない。
「大きな町から来た」「おばあちゃん」「隣の女の子」「将校」「靴屋のおじさん」「牧師さん」といった具合です。

原作者のアゴタ・クリストフはハンガリー出身の作家なので、お話の舞台はおそらく第二次世界大戦下のブダペストであろうと言われています。しかし本作ではそのあたりは大して重要ではありません。

一切の固有名詞を伏せ、何の戦争かも明らかにせず、ただひたすら主語である「ぼくら」の尖った言葉でもって戦争のもつ邪悪さや残忍さ、また戦時下における道徳や倫理観の無意味さまでむき出しにする。

これはとてつもなく非情で恐ろしい戦争文学といえると思います。


さて、ミヒャエル・ハネケの『白いリボン』 でも描かれていたように 子供は大人を映す鏡です。
「子は親の鏡」とよく言いますが、社会全体もそうですね。戦争や貧困、犯罪のはびこる世の中であればその悪い影響は子供にダイレクトに伝わります。

お金がなければ窃盗やカツアゲをし、必要とあらば殺しもいとわない。大人たちが非情なら自分も非情で立ち向かわなければならない。 世の中の不条理さも狡がしこさも歪んだ正義感も、あらゆるものを取り込んでいくわけです。


本作でも何ヶ所か「うわ、やりおったで」と思うシーンがあります。中にはまぁ仕方ないかなと思うものもありますが、大人が思う以上に子供は善悪の彼岸を軽く越えてしまうんだなあ、と空恐ろしさすら感じます。



『白いリボン』の感想はこちら↓↓↓ berukocinema.info


で、最初の話に戻りますが、この映画の中に固有名詞が出てこないのは「即物的に見ろ」ということだと思います。

主観や先入観を持たず、特定の登場人物に肩入れせず、倫理がどうのとか常識的にどうのとか そういうのは一切排除して事実だけを見る。
この即物的見方は、まさに彼らの日記の文体そのものです。

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また、"双子"と"亡命"はリンクしていて、「痛みには慣れたけど引き離されるのは一番つらい」 という言葉からわかるように、この映画は亡命せざるを得ない人々の “自分の土地から離れることの辛さ” も内含しています。
実際、原作者のアゴタ自身が1956年のハンガリー動乱で亡命した経緯があることからも、彼女のマインドがこの双子にかなり投影されているんじゃないかと思うのですよね。

人によっては淡々としすぎてつまらないと思ったり 夢も希望も見えないよく分からないお話だも感じる人もいるでしょう。
でもそういう映画なんです。そういう映画なんですけれどわたしはかなり好きです。


ちなみにこの映画、予告編がたいへんよく出来ていまして、わたしはたまたま観た予告編に惹かれてDVDを借りました。
これ作った人は素晴らしいですね。興味のある方はぜひ予告編だけでもご覧あれ。



作品情報
▶原題 A nagy füzet
▶監督 ヤーノス・サーシュ
▶脚本 アンドラーシュ・セケール, ヤーノシュ・サース
▶製作年 2013年
▶製作国 ドイツ・ハンガリー
▶出演  アンドラーシュ・ギーマント, ラースロー・ギーマント, ピロシュカ・モルナール