ガツンとくるやつ、ください。

新作・旧作・ジャンル問わず。海外映画が好き。作品により多少のネタバレ含みます。

神々と男たち / その気高き魂は白鳥となりて

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・原題 Des hommes et des dieux
・英題 Of Gods And Men
・監督 グザビエ・ヴォーヴォワ
・脚本 エチエンヌ・コマール
・製作年 2010年
・製作国 フランス
・出演 ランベール・ウィルソン, マイケル・ロンズデイル ほか



第63回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ受賞、および第83回アカデミー賞外国語映画賞フランス代表作。

アルジェリア内戦中の1996年に発生した、ティビリヌの修道士殺害事件 をモチーフにした映画です。


事件の概要
1996年3月26日の夜、物資を持ってモロッコからやってきた1人を加えた9人のフランス人修道士が 就寝中にイスラム武装グループ(GIA)に襲われ、そのうちの7人が誘拐された。
そして同年5月21日にGIAは修道士たちを殺害したという声明を出し、同30日にアルジェリア政府はメディア近郊で修道士たちの遺体の一部を発見したと発表した。



アルジェリアは、1962年にフランスから独立した北アフリカの国です。

「大国が去ったあとは内戦が起こる」と言われるとおり、アルジェリアも独立後貧富の差が広がり、失業率が増加し、民衆蜂起がおきれば軍が武力で弾圧し、それに対してまた民衆が反発し… と、武力闘争が繰り返されるうちに、一般住民や外国人に対する無差別テロが行われるようになりました。

そしてその影響は、修道士たちが暮らす山岳部の寒村ティビリヌにも迫っていました。



さて、ティビリヌの修道院では、フランス人のカトリック修道士8人が慎ましく共同生活をしています。
日々祈りと聖歌を捧げ、畑を耕し、蜂蜜を採り、貧しい村人たちに無料で医療を施したり話し相手になったり。

村人たちはイスラム教徒ですが、時には彼らの行事に招かれることもあり、修道士たちが村人に信頼され良い関係を築いていることがわかります。

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この、村人と修道士の交流がとってもいいんですよね。ちょっとした会話や病人を診察する様子や農作業や、なんてことない暮らしぶりが序盤で淡々と描かれます。
人によっては若干眠くなりそうなこれらのシーンの一つ一つが、のちの修道士たちの感情や行動を理解するうえで非常に大きな意味を持ちます。



アルジェリア政府は「元はと言えばあんたらの国フランスのせいだ」とこぼしながらも、保護の観点から修道士たちにフランスに帰るよう通告していました。
なので修道士たちは襲撃される前に脱出して祖国に帰ろうと思えば帰れたんです。

でも彼らは何度も何度も話し合いを重ね、結局最後は全員一致で「帰らない」すなわち「逃げない」選択をしたんですね。


それはなぜか。信仰を貫く『殉教』か。
もちろんそれもあるでしょうが、彼らの場合は殉教というより『殉職』に近い ものだろうと思います。

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長年ティビリヌの村人たちの暮らしに溶け込み、宗教を超えて信頼と絆を培ってきた修道士たちには、貧しい村人たちを置いて帰ることなどできなかった。村人たちもまた修道士たちにいてほしいと願っていた。
彼らは神に仕える修道士であると同時に、ティビリヌでは村人たちの暮らしを支える存在でもあったんですね。


もちろん、残るという結論に達するまでには それぞれにいろんな思惑や葛藤があります。信仰心は皆同じでも、身の上や立場は様々ですから複雑な思いで悩みまくります。
このへんも非常に深い描かれ方をしていていいですね。おじいちゃん修道士の表情なんかもうたまりません。

悲しいお話ではあるんだけど、おじいちゃん映画好きとしてはなかなかの萌えポイントです。
(すいませんこんなこと言ってほんとにすいません)

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(わたしの記憶の限りでは) 一箇所「ひっ!」となる残酷シーンがある以外は、映画的には地味な映像が多いです。地味だけど美しく、抑制されたシーンの一つ一つに説得力を感じます。

BGMの代わりに美しい聖歌の調べが絵画のような画面を彩ります。わたしはキリスト教徒ではありませんが、この修道士たちが厳かに朗誦する聖歌には本当に惹き込まれました。


そして何より「最後の晩餐」とも言うべきクライマックスのシーン。唯一この時、音楽が使われています。修道士の一人がラジカセで『白鳥の湖』を流すんです。

会話はなく、音楽が流れるなか修道士たち一人一人の顔がアップで映し出されていく。
微笑む者、涙を流す者、静かに頷く者… 彼らの表情をただただ舐めまわすようなカメラワークに超絶しびれます。「説明のいらない表現」とはまさにこのことかと鳥肌の立つ思いがしました。



本作が政治的な告発映画でもなく、テロには屈しないぞと拳を突き上げるような強いメッセージ性を持つものでもないことは、観ていて明らかです。
じゃあ何かというと「人」です。

激化する内戦を修道士たちがどう受け止めたのか。信仰と照らし合わせ、自らの使命をどう考えたのか。


「わざわざ死ぬために来たわけじゃない」と彼らは言っていました。
そんな当然の思いを抱きながら様々な葛藤とどう対峙し、そしてどう決断したのかという、人としての修道士一人ひとりの心の機微をじっくりと見る映画 だとわたしは思うのですよね。

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こういう映画を観るたびに、宗教の意義とは? 神の名のもとに戦争するって何だ? と考えてしまうんだけれど、歴史を振り返るとこれはもう人類が滅びるまで続くとしか思えないほど、今も世界の至る所でこのような悲劇がおきている。そしてその中で生き、死んでいく人々がいる…。


我々日本人には馴染みのない、どうかしたらどこにあるのかもよく知らない国。
そして日本の新聞には載るか載らないかくらいの出来事が、実は世界的に重要な事件として認識されている。

恥ずかしいことにわたしもまだまだ知らないことが多いのだけれど、映画というツールを通して社会情勢を勉強できるのは非常にありがたいと思っています。
もちろん一部脚色された作品もあるけれど、観ている途中や観終わってからひと通り調べますのでね。今回も「歴史を学ぶ」重要さをつくづく感じた次第です。


事件に、そして「人」に真摯に向き合った素晴らしい映画でした。そしてこの先『白鳥の湖』の旋律を耳にする度に わたしはこの映画を思い出すことでしょう。


わたしは言った。「おまえたちは神々だ。おまえたちはみな、いと高き方の子らだ。
にもかかわらず、おまえたちは人のように死に、君主たちのひとりのように倒れるであろう。」
旧約聖書: 詩編 82章 6,7節


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