ガツンとくるやつ、ください。

新作・旧作・ジャンル問わず。海外映画が好き。作品により多少のネタバレ含みます。

幸福なラザロ / たばこ農園発のイノセントワールド

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1980年代のイタリア。小作制度の廃止を隠蔽する領主(侯爵夫人)によって支配されているインヴィオラータ村に、純粋無垢を絵に描いたようなラザロという青年がいた。
お人好しが過ぎるあまり村人たちから何かと仕事を押し付けられ いいように使われていたラザロだが、ある日ひょんなことから領主の息子タンクレディと友達になり、やがて二人は親交を深めていく。

そんな折、母親のやることをよく思わないタンクレディがラザロを巻き込んだ狂言誘拐事件をおこす。
そしてこの事件を発端にインヴィオラータ村の存在が明らかになり、領主による違法な労働搾取がいまだに行われているとして世に報道されることとなる。



まず妙なのは、村人たちの生活様式が「いつの話だよ?」と思うくらい前時代的なのに、町から来た買付け人や領主一家は車や携帯電話を持っていること。
領主の息子タンクレディなんか パンクロッカーみたいな格好をしてヘッドホンで音楽を聴いている、というこの違和感ですよね。


と言うのも、1980年代後半はとっくに小作制度なんて廃止されているんだけど、地主である侯爵夫人はまだ小作制度が続いていると村人を騙し続けてきたんです。

なので50人を超える村人たちは学校教育を受けることもなく、世の文明がどれほど進んでいるかも知らない。
そのうえ農奴のように働かされ、借金と称して報酬を奪われる。もうこれは事実上のただ働きです。

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こりゃひでえ話だなと思ってあとで調べたら、本作はアリーチェ・ロルバケル監督が高校生の頃に見た80年代の新聞記事の内容が題材になっているというからまたびっくり。
当時、実際に領主によるこういう詐欺事件があったんですね。


で、本作が面白いのは、ここからの展開がリアリズムではなくファンタジーのようなお話になっていくところでして、その中心となるのがラザロです。

怒らない、疑わない、欲しがらない ・・・ 先ほど「純粋無垢を絵に描いたような」と言いましたが、もっと言えば聖人です。
あまりに純粋すぎて村人たちから “ちょっと足りない人” みたいな扱いを受けてますがバカじゃありません。


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くどいようですが聖人です。これを踏まえておけば後半のお話もすんなり頭に入ります。



中盤で描かれるラザロとタンクレディの交流はなかなか面白く微笑ましいものです。

お互い友達ができて嬉しそうな二人。
「オレら本当は半分兄弟かもな」なんて言われて素直に受け止めちゃうラザロに、わけのわからん兄弟の契りを始めるタンクレディ。何やってんだおまえら(笑)


タンクレディも云わば世間知らずのぼんぼんなので、外見はかっこいいけど言動がほぼガキです。まあそれが可愛いっちゃ可愛いんだけども。

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で、自分が誘拐されたら母親が大金を払うだろうからそれ持って一緒にどっか行こうぜ、みたいなノリで狂言誘拐事件を起こすんだけど、侯爵夫人は「いつものことよ」と取り合わない。

ところがそれが元で警察が介入してくることになり、なんじゃこの村はとなるわけですね。
結果として侯爵夫人の悪事がばれ、村人たちは保護されて村を離れることになります。



一方ラザロはと言うと、これがまあとんでもないことになっていてですね・・・




熱を出し一晩寝込んだラザロは、タンクレディがお腹をすかせているだろうと無理を押してパンを届けに行きます。
ところがよろめいたはずみで足を滑らせ崖から転落してしまう。


つまりラザロは死んだのです。誰にも知られず。



さてここからはファンタジー、寓話の世界です。キリスト教的要素もあります。
何かと突っ込みたいタイプの人はここで回れ右をお願いしますよ(笑)


ラザロが目を覚ますと村の光景は一変しており、村人たちもいません。
一人取り残されたラザロは彼らを探して村の外に通じる道をひたすら歩きます。そしてかつての村人数人に出会うことができました。

が、ここでもまた観てる側は違和感だらけです。だって現代になってるんですから。



つまりラザロは30年近い時を経て生き返ったということ。新訳聖書の「ラザロの復活」の話を知っている人なら意味合いはおわかりですね。

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すっかり老け込んだ自分たちとは違い当時のままの若いラザロを見て、驚くやら恐れおののくやら 初めこそ混乱する彼らですが、わりとすぐ受け入れます。

と言うのも、そんなことを考えてる暇もないほど彼らは現代でも困窮しているんですね。
学もなければまともに稼ぐ術も知らない、搾取の村から保護されたとはいえ移民のような存在の彼らは、泥棒や稚拙な詐欺をしながら生計を立てていました。


そんな彼らの前に再び「聖人」が現れた。

ここからまたラザロ中心のお話になりますが、この勢いだとオチまで書いてしまいそうなのでそろそろまとめたいと思います。気になる人はぜひ映画を観ておくんなまし。



で、結局本作のテーマって何?ってことなんですが、真面目に考えると「時代がいくら変わろうと権力による搾取はなくならない」ことへの失望とも取れるし、劇中で侯爵夫人が「私は小作人を搾取し、小作人たちはラザロを搾取する」と言ったように「人間社会は常に誰かが誰かを搾取して成り立っている」という事実を描いたものとも取れる。だから悪いとかそういうのではなく。


「でもラザロは誰も搾取しない」とタンクレディは言いました。これは非常に大きな意味を持つ言葉だと思います。

現代にラザロという聖人を蘇らせたのは、道徳的な押しつけでも革命の御旗を掲げるものでもなく、ましてやわたしたち観る者に癒しを与えましょうなんていうものでもない。
むしろ「本来誰でも持っているはずの、心の中の純粋無垢な部分」を擬人化したお話のような気がします。


ラザロが自身の生涯を幸福だと思っていたのかなんて知る由もないし、わたしたちが勝手に彼のような人を「お気楽で幸せな人だ」と決めつけるのもこれまた問題なわけでね。
久しぶりに単純なようで考察の難しい映画を観た気がするんだけれど、あまり考えすぎると頭がウニになりそうなのでやめます。


ま、ファンタジーはファンタジーとして楽しむのが一番だぁね。ラザロのピュアな瞳でも眺めて癒されるとするか。

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(なんだ結局癒されてんじゃん! とかいうのは無しでお願いします)


というわけで、不思議な魅力のある良作でした。面白かったです。



作品情報
・原題 Lazzaro felice
・監督 アリーチェ・ロルバケル
・脚本 アリーチェ・ロルバケル
・製作年 2018年
・製作国 イタリア
・出演 アドリアーノ・タルディオーロ, アルバ・ロルバケル, ルカ・チコヴァーニ ほか